整理整頓は、自分の生き方にも反映していきます。シンプルを好む理由

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若い時には欲しい物が多いためか、どんなに整理整頓しても追いつかないほど物に囲まれた生活になりがちです。

年齢を重ねるほどに知識や知恵が増え、自分の好きな「系統」がわかったり。

「必要性」を考えたり、経済的に見合わない物を排除する、スペースを考えて購入するなど、いろいろな意味で物を「選ぶ」ようになります。

すると、必然的に「減る」傾向があるように思います。

シンプルに生きる、という意味

そういう意味ではまだ幼い感情や遊び心が消えずにいると、いつまで経ってもシンプルに生きることを快適としないのかもしれません。

それは「若さ」や「情熱」ゆえの場合もあるので、必ずしもシンプルが「正解」ともいえないでしょう。

自分にとっての「快適」は人のそれとは違うので、一口に「整理・整頓」といってもその仕方や表現される形は多様です。

モノを大切にするということ

一つ言えるのは「物を大事にできない」人は、部屋や家にある物の状態を明らかに悪くします。

それはその物に価値を置かないことによって、粗雑に扱えるようになってしまうからです。

使わないのに執着をする

例えば誕生日など、相手が思いを形にした物であっても「大切にせねばならない」という感情が働く一方で、自分の好みではないと感じる物もあるでしょう。

どのような場合でも、気に入らないと判断を下された物に関しては使用する出番が永遠に来ないことがわかります。

それに気づいても尚、執着をしてしまいます。

整理ができない人は、大事な人から頂いた物であっても、帰宅してそのまま床に置いて、いつの間にか脱いだ衣服の下敷きにしていきます。

そうした一つの行為は、次の悪しき習慣を作っていきます。

出来ることならデジカメに「記念に頂いた物」「誕生日の最高のプレゼント」などと称して相手に敬意を表し、お披露目させるか、プリントアウトして気持ちだけを頂くのがオススメです。

本に関しても同様

既に読んだ本も同様で、再度読み返さないとわかっている本はもっと多くの人に役立てるよう古本として提供するほうが、よっぽど大事にしていると言えるでしょう。

私自身は部屋にロフトがあるので、高い場所に置いて忘れ去ってしまうよりも「きっと使う機会が少ないだろうな」と感じる物であれば、定期的に「確認」作業ができる位置に置くことをしています。

人は、使わない物は「見えない場所に置く」ということを実行しがちです。

けれど、自分の目に触れない物は、結局は確認されることもないまま、その場所に悲しく位置しています。

モノは使われてこそ価値がある

大げさかもしれませんが「物」とは使われてこそ輝くのであり、そうでないものは「所有」に執着する心と等しいでしょう。

定期的に入れ替えをするような季節の趣向品である場合を除き、やはり自分の持ち物の見直しはそのものへの慈しみのために欠かせない事です。

擬似的にまっさらな状態をイメージ

一旦部屋をまっさらな状態にできる引っ越し作業は、自分の快適空間を想像するきっかけにもなります。

だからといって実際に引っ越しする必要はなく、疑似体験やイメージによってそれと等しい創造性をもたらします。

「快適さ」は自分の生活状況に合わせていく行為の上にも成り立ちますが、理想空間を想像することから始めることはいつでも、何度でも可能です。

まとめ

今まで必要だと思い込んでいた5つの形の違うフライパンは、実はたった一つで事足りることもあります。

また、家族構成が変わるなど、周りの変化を無視していつまでも「変えない」生活をしている場合もあるでしょう。

整理や整頓は、そうした気づきをもたらしてくれながら、自分が果たしてどこに力点を置いて生活したいのか。

生きていきたいのかも、知らしめてくれるといえます。

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